ワンネス 1038号  2022/07/24発行

願いが叶いますように
菊陽町東部町民センター

 菊陽町東部町民センター(西本所長)のふれあいサロンが7月1日(金)、同センター多目的ホールで行われました。
 今回は、参加者全員で七夕かざりを行いました。短冊には「元気でサロンに来られますように」や「百までげんきかな」など思い思いに願い事を書き、笹竹に飾りました。
 鎌田千鶴さんは「“家族が健康に暮らせますように”と“あの人に会えますように”と書きました。願いが叶うと良いなと思います」と話されました。

 

 


おいしくなあれ
マイみそ作り教室

 菊陽町生涯学習課主催講座チャレンジ!マイみそ作り教室が6月18日(土)、菊陽町中央公民館で行われ、町内の小学生16人が参加しました。
 みそ作りを教えてくれたのは、よかあんばいJAPANの中村さん、園木さん、山之口さんの3人。みその作り方を紙芝居で説明の後、袋に塩・米麹・麦を入れて混ぜ合わせ、大豆は豆の形が分からなくなるまで潰します。全部の材料を袋に入れたらしっかり混ぜ合わせます。3ヶ月程したらおいしいみそが出来上がります。参加した園田明依さんは「材料を入れてもむのは大変だったけど楽しかったです。みそが出来上がったらおみそ汁にして食べたいです」と話してくれました。

 

 


 菊陽杉並台
ふれあいサロン10周年

 令和4年6月15日、菊陽杉並台ふれあいサロン(田中代表)は10周年を迎えました。
 高齢者の健康、生きがいづくりを目標に、社会福祉協議会のバックアップで、平成24年に開始されました。熊本地震やこの2年間はコロナウイルスで中止を余儀なくされたこともありましたが、月に一度、顔をあわせ、参加者皆で盛り上げて来ました。「次は20周年に向けてまだまだ頑張ろう」と話しました。この日は恒例の七夕飾りを実施し、願い事を書いた短冊、飾りなどで笹いっぱいになりました。
写真・田中修二さん 文・宮村律子さん

 

 

 



楽しいイベント盛りだくさん

 菊陽町総合交流ターミナルさんふれあでは6月18日(土)19日(日)の両日、創業祭が開催されました。
 正面玄関前広場ではたこ焼きや焼き鳥などのキッチンカーやかき氷やとうもろこし、鶴丸海産物の販売会などがあり、たくさんの来場者で賑わいました。直売店内ではにんじんジュースの試飲もあり、盛だくさんの2日間でした。

 


  かいご太郎  (4)

 結婚して10年。私たちには子供がいない。お互いの時間を大切にしたいという理由から子供は『作らない』と夫婦で決めたのだ。それから最近はもう一つ『作らない』理由がある。2年前に義父が亡くなり、一人暮らしになった義母と同居しているのだ。葬儀の後の親族会議で、高齢の義母の面倒を誰が看るかという話になった。夫は三人兄妹の長男。妹は東京に嫁いでおり、弟夫婦には子供が3人も居るという理由から『じゃウチで一緒に暮らそうか』という夫の一言でそうなった。義父の四十九日が過ぎて夫の実家に義母を迎えに行ったとき、私は“ああ、人ってこんなに短期間で老け込むものなんだ”と驚かされた。
 共働きなので、昼間はヘルパーさんに見守りをお願いすることにした。夜は夫婦でヘルパーさんの連絡ノートを読むのが日課になった。義母は私の料理が好きだと良く褒めてくれているようだ。確かに義母は私の料理をいつも『美味しい』と褒めてくれる。
 ところが1年ほど前から、義母はあまり食事をしなくなってきた。『最近、何を食べても味がしない』『においもあまり感じない』と言うのだ。『せっかく美味しい料理を作ってくれたのに、ごめんなさいね』と謝ることが多くなった。持病のリウマチで趣味の俳画もできなくなってからは義母にとって唯一の楽しみが食べる事だったのに、と、私はとても心配になった。
 それから間もなく事件が起きた。  
次回に続く


  碓井秀典(東京都港区在住 原水出身)

(30)夏泥

 私の初ナマ落語は2011年の2月5日(土)、今回の三代目 蜃気楼流玉の落語会でした。演目は「臆病源兵衛」と「鰍沢」で、この鰍沢が絶品で、上手い噺家だと感心したものです(初ナマのくせに厚かましい!)。


 龍玉は、五街道雲助の三番弟子で兄弟子に桃月庵白酒、隅田川馬石がいます。雲助版の同じ噺を聴いてみると、なるほど口調がよく似ています。全員実力・人気ともにある私の好きな一門です。
 この噺は別名「置き泥」ともいい、上方では「打飼盗人」といいます。被害者(?)の男の金欠ぶりに同情して、逆に泥棒の方がお金を恵んでしまうという噺ですが、最近は被害者がカサにかかってお金をむしりとる方に力点が置かれているようで、これでは泥棒が単なる間抜けで被害者が上手くやったということになり、あまりいい感じはしません。龍玉のは、次々に出てくる要求に対する一つひとつの愚痴のセリフに、力量があるからこそですが泥棒の人柄の良さが、じんわり滲み出て、なんかいい気持ちになります。


  保護司会菊陽支部長 熊谷和信

(6)保護司になっていただける方いませんか

 菊陽町には、現在保護司は8名おります。年齢は40代から70代まで女性4名、男性4名です。多くが退職された人で、元役場職員、現町会議員、元保育園長、元小学校PTA会長、元自衛官、元銀行員、現僧侶、元小学校長、といったメンバーです。
 私たち保護司は、少年院を仮退院また刑務所を仮出所した人の改善更生を手助けし、再非行・再犯のない人生を歩んでいけるよう支えていくのが務めです。このように、日常生活から逸脱した人達を元の日常に戻していくことは、地域から犯罪を減らすことにも繋がるのです。安全・安心な地域づくりにも貢献しています。
 保護司は、無給ですが非常勤の国家公務員でもあります。無給であるが故、対価のない人間対人間の関係性が生まれ、信頼関係ができると思うのです。そこで、更生に向けた力になるのではないでしょうか。確かに給与は支給されませんが、職務に要した費用の全部または一部が実費弁償金として支給はされます。また、職務遂行中に被った災害に対しては、国家公務員災害補償法が適用されます。身分が保障されています。
 社会参加活動の一つとして、私たちの菊陽町を犯罪や非行のない明るい社会の実現に向け、一緒に活動される方を望みます。


  神田みゆき

(28) SDGs13 気候変動についてA

 NPO法人SDGs Association熊本代表理事 熊本県地球温暖化活動推進センター 代表
Universe Quest代表の 神田みゆきです。
 今回は熊本県が作成した「くまもとゼロカーボンアクション」の冊子と動画のご紹介です。こちらは、「2050年県内CO2排出実質ゼロ(ゼロカーボン)」に向けて、ガチャピン、ムック、くまモンが、36の行動とCO2削減効果、経済的なメリットを「HOP」「STEP」「JUMP」の3段階でとてもわかりやすく紹介しています。
 ぜひご活用ください!

『くまもとゼロカーボン行動ブック』
https://www.kankyo-kumamoto.jp/kiji003713/index.html


  自家焙煎珈琲しゃらん  舩元 優二

(62)カフェ・バッハ

店主:田口 護(まもる)1938年、北海道・札幌市生まれ。
店舗所在地:東京都台東区日本堤1−23−9

 1978年以来、数度にわたって訪米コーヒー消費国を視察、コーヒー生産国の調査、取材は40か国にも及ぶ。そのうちの数か国では、コーヒー農園を指導する。バッハコーヒーを主宰し、数多くの後輩を指導。全国各地で卒業生が活躍している。             
 店舗のあたりは、山谷と呼ばれ、日雇い労働者の方たちが居住する場所で、昭和30年代半ばに勃発した「山谷騒動」の舞台にもなったところです。
 この地域には、大手チェーンの飲食店もなく、コンビニも数える程でした。システム化されたビジネスの視点には、日本一不利な立地に映るかもしれません。しかし、個人経営の店の成否は、システムではなく、人と人との豊かな関わり合いをいかに育むかにかかっていることを大切にしたいと思われたのです。人に驚きや感動を与えるには、相手の喜びを自分の喜びとし、相手の痛みを自分の痛みとできる人材の育成が欠かせません。そうした、人間にとって一番大切な感情を育んでくれる、この山谷という地域が田口氏にとっては、最適な場所だったのです。   
 1968年、一軒の喫茶店が誕生。「SHIMOFUSAYA(しもふさや)」夫人の実家の大衆食堂「下総屋」を引き継ぎ、喫茶店に変えて始めたものです。東京オリンピック(1964年)の4年後、まさに高度成長時代でした。この頃から、自由にコーヒー豆が輸入されるようになり、コーヒー市場は、質量ともに、大きな成長期に入っていったということです。
 1974年、店舗をリニュアールし、店名を「カフェ・バッハ」に変更しました。店舗は、12〜13坪、座席数もカウンター含め20席足らずですが、昭和のレトロ的な雰囲気で、毎朝、年齢の高い常連さんや、サラリーマンが通っているようなイメージです。私の一押しは、深いコクのあるコーヒーはもちろん、こんがりの分厚いトーストです。店内がコーヒーとパンの香りで満たされていて、顧客のハートをしっかり掴んでくれる癒された場所であることを確認して、店を後にしました。